継手に金物を使うことに対して、悪いイメージを持ってみえる方が多いのではないでしょうか。
私は、そのようには全く思っていません。
金物を使うのは、建物を地震や強風から守るためのものです。
住まいは、厳しい自然環境から人を守る、「シェルター」の役割を果たす必要があるからです。
地震では多くの人が亡くなることも少なくありません。
阪神淡路大震災でも、6,000人を超える人が亡くなりました。
しかし、多くの人は地震そのものによって亡くなったのではなく、人が作った建物が壊れたことによって亡くなったのです。
阪神淡路大震災において、倒壊した家もあれば、ほとんど無傷の家もあります。いずれも人が作った建物ですが、設計者の違いにより大きな差が出てしまいます。
木造の建物で、壊れるパターンというのは大体決まっており、その多くは壁量不足、継手・仕口の破壊による倒壊です。
被害の原因がわかっているのですから、それを解決し、誰でも簡単・確実に強度が得られる方法を採用するのが、エンジニア(技術者)の務めであると思うのです。
継手・仕口は、金物で補強するのが確実です。建築基準法も、阪神淡路大震災の後、金物の仕様が大幅に厳しくなりましたが、当然の流れでしょう。
このような理由から、継手に金物を使うことに対して、私は全く悪いイメージを持っていません。
金物について、とても共感できる内容の物がありましたので、ご紹介致します。
◆林 知行 著
ウッドエンジニアリング入門(学芸出版社)より
「法隆寺は世界最古の木造建築物であって、しかも釘を1本も使って」いないという「日本の常識」は、相当根強い形で日本人の脳裏にインプットされているようである。
事実は釘が使われているのだが、小学校の授業でそういう風に教えられるのであろうか。
誰かが意図したわけではないだろうが、「法隆寺 → 素晴らしい国宝建築物 → 釘を使っていない → 釘を使わないのは素晴らしい → 釘を使うことは悪だ」という風に連想が進み、いつしか日本人を「金物悪者論者」にしてしまうようである。
このマインドコントロールはかなり強烈で、本当に日本人は金物悪者論議が大好きである。
業界関係者までもが、金物を用いることに後ろめたさを感じており、何か免罪符のようなものをもらいたがっているようにも感じられる。
筆者は仕事柄、金物に関するコメントや執筆を依頼されることが多いが、「木材と金物の相性をどのように考えるか」とか「金物の寿命と木材の寿命の関係」についての意見を求められることが多い。
いつも感じることではあるが、21世紀を迎えたいま、このような議論を続けているのは、世界広しといえでもわが国だけであろう。
軸組構法であれ壁構造であれ、接合部と接合金物を用いて構造を構成することが、省資源的で、経済的で、合理的で、その他もろもろの利点があるから、世界中の木造文化国において今日のような木質構造の技術が発達してきたのである。
細い枠材とボード類を釘や金物で固定して住宅の中で、それなりに快適な生活を送っている人類が世界中に何億人といるのである。
完全無欠なものではないことは確かであるが、接合部と接合金物を用いた木質構造はまさに人類の偉大な文化である。
もちろん、木と金属はまったく別の物質であるから、両者の物性が違うのは当然である。
だからこそ、それを共存させて使えるようにしてきたのが人類の知恵なのである。
著者は、木材の第一線の研究者で、私も学生時代に何本か論文を参考にさせていただきました。
こちらの本は、「木」についてとてもわかりやすく書かれた本です。
合板や集成材の基本や理論についても分かりやすく書かれており、建築の関係者には、ぜひ読んでいただきたい1冊です。


