いつもより早く起床。よく眠れました。
天候はくもりですが、宿のバルコニーから見る海の様子はとても気持ちいい。
朝はそんなに冷えることなく、夜と同様にあたたかなままでした。
朝食を終え、ご依頼者に白谷雲水峡をご案内していただくことに。「もののけ姫」の舞台になったとされる場所です。
この建物調査の直前に買い込んだ登山靴を履き、登山靴と同様、調査直前に買い込んだカメラ専用のリュックにカメラや三脚を入れて出発です。
車で登山口までたどり着くと、天候は雨。一ヶ月に35日雨が降ると言われる屋久島だから、雨が降っている方が自然なのかも知れません。
しかし、川の増水でルートが遮られ、目的地まで行くことができないことが分かりました。
そのため、川を渡らずに行ける、樹齢3000年の弥生杉を見にいくことに。
意外と登りがきつく、最初は大丈夫かな?と思いましたが、すぐに到着。うーん、確かに大きい(雨が多くてカメラを出せず)
高さが26mということは、9階建てくらいの建物の高さです。
弥生杉を後にし、川がどれほど増水しているのか、ルートを行けるだけ行ってみることに。
たどり着いた場所が下の写真。この場所に着いたとき、ちょうど雨がやんだので、すかさず撮影しました。
水は茶色く濁っており、水の勢いはかなりあります。
上の写真で右側にある白い看板が、正しいルートですが、ひざ上まで水があるので渡ることができません。
川下には、右のような滝があり、そこに落ちたら「痛い」程度では済みそうにありません。
雨で濡れた服を着替え、屋久島環境文化村センターへ。大きな映像での屋久島の説明や、各種展示物はとても分かりやすかった。
屋久島環境文化村センターの後は、同じく樹齢 3000年とされる紀元杉に。
標高は、弥生杉の倍近い、1,230m
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| 紀元杉。弥生杉より元気がいい | 帰り道にいた、ヤクサル。体が小柄です。 | |
紀元杉の後は空港へ。
空港に到着すると、飛行機の到着が遅れており、それに伴い出発が遅れるということ。
飛行機遅延のためにミールクーポンをもらい、夕食をとっていると、ややうるさいプロペラ機が入ってきました。
「来る時に乗ってきた飛行機よりうるさいな」と思って見てみると、到着していたのは、YS-11。
飛行機に詳しい人なら必ず知っている機種で、日本で最後の国産飛行機。国内では、来年を目処に全てが引退してしまうかも知れない機種です。
この日来ていたYS-11は、JA8717という登録番号で、製造されたのは 1969年。今年で36年目のヴィンテージ飛行機。
飛行機に詳しい人には人気のYS-11も、パイロットから見ると、あまり良い機種ではないようです。
| 機長になってからYS-11を何年か操縦することになったが、最初はあまりのパワーのなさに驚いた そのうえコクピットの居住環境も寒すぎたり暑すぎたりとほんとうに最悪だった。飛行機マニアにいまでも人気が高いようだが、これはまったく理解できない。SLと同じような感覚なのだろうか。 機体自体はボーイング737とほとんど同じ大きさだ。ボーイング737は乗客を120人以上運べるのに、YS-11は60人ほどしか乗る事ができない。そういう意味でもいい飛行機とは思えず、かえってボーイングの設計のうまさが際立つほどだった。 それに日本製ということになっているが、部品はほとんどすべてが外国製だった。窓についているワイパーすらもアメリカ製だった。国産の部品というと、水平器とインターホンの受話器が東芝製というのを覚えているくらいだ。 YS-11はもう少し別なやりかたがあったんじゃないのかなと思う。もちろん製作にたずさわった人の苦労はわかるが、でき上がってみたら当時の水準からいってもホントにこれでいいの、という感じだった。クラウンに軽自動車のエンジンを乗せたような飛行機といったところだろうか。 パイロット仲間でも、YS-11に愛着のある人をほとんど知らないし、できれば避けたいと思っているのではないだろうか。 |
| 新潮社機長からアナウンス内田幹樹著より |
YS-11に乗ると、アナウンスに使っているマイク代わりの受話器は黒電話の受話器そのもの。
屋久島に来る時に乗った Q400とYS-11を比べると、YS-11の方が乗っている時間が10分長くなっており、飛行速度が遅いことが分かります。
機内では、窓際からときどき聞こえる、ピシッ!ミシッ!という音がとても気になりました。頑丈とされる機体ですが、やはり少し怖い。
鹿児島では、乗り換え時間が短かったものの、問題なし。
島にいたのは30時間ほどでしたが、いろいろな経験ができて、とても密度の濃い時間でした。おつかれさまでした。
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