本来、住まいをつくるという仕事は、誇り高い仕事であると思う。クレーム産業と言われるのが悲しい。
自分がつくった作品に、何十年という長い間に渡って人が住み、家族の想い出ができ、街並みの1つとなる。
今の日本の街並みは、多くの地域でとても誉められたものではないが、景観法もでき、これからは街並みの形成に徐々に力が入っていくだろう。
街並みは、1年や2年で雰囲気が出るものではなく、長い年月が経つ事によって味わいを増していく。それに必要な時間を50年後とすると、既に私は80歳近くなっている。そう思うと、人生は短いものだ。
昔、200年以上経ったお寺の修復工事を見学に行ったことがある。
当時の建物の作り方にも驚いたが、一番驚いたのは、使われていたクギやカスガイなどの金物が、サビてボロボロになっておらず、形を保っていたことだった。
交換の必要なく、これからも十分使えてしまう。
現場の説明をされた宮大工の方によると、刀鍛冶の方が凄く欲しがる材料だということだ。
今の住宅に使われているクギは、3日も水に浸かればサビてしまう。昔の人は凄い!と感動してしまった。
当然ながら、このクギやカスガイを作った人は今この世にはいないが、その人の作品は200年後の人をうならせた事になる。
2005年の今作られている建物を、50年後に大規模に修繕するとする。
今日まだ生まれていない建築技術者は、その時何を思うのだろうか。
「50年前の人は、いい物を作ってくれたな!まだまだ十分使える!」
と思うのか、
「う~ん、この作りでは50年しか持たないな。直すよりも壊した方がいい。昔の人は何て物を作っていたんだろうか」
と思うのか。
当然ながら目指すのは前者の方だ。
住まいづくりに携わる人は、目先の利益にとらわれず、後世に残せる住まいを作っていって欲しいと思う。まだ生まれていない、未来の建築技術者を感動させるような住まいを。
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