美味しんぼの木造禁止を考える。日本の木質構造の今後
過去最長の長文です。ご注意を
漫画、美味しんぼの中で、
「日本の家屋で木材を、それも国産の木材を使う率は恐ろしく低い」理由は、「ひとつは、日本の建築学会が1959年に木造建築を否定した」という記載に対し、日本建築学会が「「木造禁止」を含む日本建築学会の「建築防災に関する決議」(1959年)について」というページを出したことが、話題になっています。
この号の美味しんぼを読んでいない(というか、普段から読んでいない)ので詳細は分かりませんが、良い機会だと思いますので、木造禁止について取り上げてみます。
なお、「国産の木材を使う率は恐ろしく低い」理由が、木造禁止だと私は思っていません。
国材の木材が使われないのは、海外と比べて効率の低い日本の林業が、効率が高く価格の安い外国材に押されているのが原因だと思います。
また、国産材(特に無垢材)は見た目ばかりにこだわり、強度的な裏付けが無い材料が出回っていることも、耐震性重視の今日では問題です。
現在流通している無垢材のほとんどが、JASの認定のない無等級材であることが現状です。
最近、2階建てでも許容応力度計算(構造計算)をしている会社が増えてきていますが、無等級材ではなかなか現場で使えません。
木造禁止が取り上げられたのは良い事ではないか
私は今から 約6年前に、「日本における、木造建築の研究の歴史」として木造禁止について取り上げています。
木造禁止については、木造の研究に関わったことがある人なら当然知っていることだと思います。
しかし、建築関係者でもこの事実を知らない方が多いのではないでしょうか。
今回、よく知られている漫画で「木造禁止」が取り上げられた事は、日本の木造の歴史を考える上で良いきっかけなのでは無いかと思います。
一級建築士試験で木造の問題が 3問出題されたという事に関して
美味しんぼの中で、「一級建築士の試験では木造についていっさい扱わない」という記述に対して、日本建築学会では、「たとえば2008年の一級建築士試験では3題の木造に関する問題が出されています。」と反論しています。
2008年の一級建築士試験の問題数は100問ですので、3問という問題数は全体の、3%にしかなりません。
鉄筋コンクリート造、鉄骨造はオフィスビルや病院、学校など大規模なものが多くなっています。
着工された建物全体における構造別の割合で比較すると、昨年のデータは右のようになり、木造が全体の約42%になります。
(国土交通省 建築着工統計 平成21年計分より)
実際に建てられている建物の床面積で見ても、日本の多くの建物は木造(木質構造)で、一級建築士の試験数のうち、木造が 3問というのは、やはり少なく思います。
一級建築士の試験を受けた方なら分かりますが、一級建築士の試験で木造の試験はあまり出ません。
二次試験の製図でも、木造の建物はまず出題されません。
木造の問題が多いのは、一級建築士ではなく二級建築士の試験です。
二級建築士の問題は木造が多く、二次試験の製図も通常は木造です。
悩ましいのは、一般の方は一級建築士を持っている = どんな構造でも知っている と思われていることです。
実際には木造をほとんど知らなくても、一級建築士になることは可能ではないでしょうか。
そして、二級建築士を持っている人の方が、一級建築士よりも木造を知っているということは十分に有りえます。
大学でも木造建築を教えないという事に関して
美味しんぼの中で、「大学でも木造建築を教えない」という記述に対して、日本建築学会では、「一級建築士の受験資格要件の中に、建築に関する指定科目を修めて卒業していることが必要になり、この指定科目の標準的な科目例が「木構造」があげられています」と反論しています。
周りに、大学の建築学科を卒業している方がみえたら聞いてみて下さい。
「大学に、木構造を専門としている研究室がありましたか?」と。
「無かった」と言われることが多いと思います。
日本の建築学科において、木構造を専門としている研究室および教授・准教授が在籍されているところは少数です。
(鉄筋コンクリート造や、鉄骨造の研究室は普通あります)
教えたとしても、在来軸組工法とツーバイフォーの違い程度の簡単なもので、壁量計算やN値計算まで教えることは無いかも知れません。私自身、研究室の中でそれらは学びましたが、通常の講義では学んでいません。
木造建築に関する日本建築学会の取り組み について
日本建築学会が、木造建築に関して、JASS11などを発行して、技術の向上をはかっていたことは事実だと思います。
しかし、建築学会における投稿数を見ると、木構造の研究において、空白期間があったことは否めません。
1955年~1985年頃までの30年間は、投稿数が50にも満たない状況です。
投稿数が増えたのは阪神淡路大震災が起きた後からです。
1995年までは、100に満たなかった投稿数は、現在、300に迫ろうとしています。
ただし、2008年の時点でも、日本建築学会全体の投稿数における、木質構造の割合は、4%ほどです。
もし、阪神淡路大震災が起きていなかったら、日本の木造研究はまだ停滞していたのかも知れません。
木造禁止の背景
木造禁止は、私が生まれるずっと前の話なので、木造禁止決議の背景について、手元の資料から考えてみます。
日本の木質構造の第一人者である、故 杉山英男先生(元東大名誉教授)が住木センターの機関紙に連載されたものをまとめた、「杉山英男の語り伝え(非売品)」では、3回目と4回目の連載で、木造禁止について触れています。
ちなみにこの本は私にとってとても貴重なものなので、普段は赤ペンだらけにしてしまう私も、この本だけにはペンを入れられません。
杉山英男の語り伝え 日本建築学会の木造禁止の決議 抜粋
- 木造を抑止しようとする考え方が1950年代から60年代にわが国の官産学の指導者層の中に浸透していたことは公知の事実
- 建築学会の大会開催中に緊急集会が開かれ、約500名の会員が出席し、満場一致で決議
- 緊急集会を開いての大会決議というのは、建築学会の歴史の上でもかなり異常なもの
- 「耐震」という言葉を決議文の表面に出さないで、「防火」と「耐風水害」を並べて「木造禁止」の理由とした真意はどこにあったのか
- 大会決議の背景に何があったのかという疑問は、今も私の脳裏から離れない
杉山英男の語り伝え 木造禁止の決議と軽量鉄骨 抜粋
- 建築学会の大会決議の裏に軽量鉄骨出現の影がちらついて見えてならない<
- 建築学会の決議が行なわれて間も無くの12月に建築基準法が改正され、新たに「簡易耐火建築物」のコンセプトが導入された。
- これにより、木造建築物は耐火建築物よりも防耐火の性能面で劣位とみなされることとなった。
- 簡易耐火建築物は各部位ごとの仕様書規定で、耐火性能を科学的に規定するものではなかった
- そのため、この結果は後年わが国の防火行政に困惑を招くことになったのは周知のこと
- 建築基準法改正とほぼ同時に行なわれた公的機関の実大実験によれば、軽量鉄骨による簡易耐火建築物は出火25分にも達しないうちに完全に倒壊している
- しかしこの事実は、「鉄は木よりも火に強い」という当時の日本社会の通念によってもみ消されてしまった
- 簡易耐火建築物の出現により、木造の衰退が急速に進められることになったのは厳然とした歴史的事実
- 建築学会の大会決議と建築基準法改正の時期的一致は偶然だったのだろうか
- 軽量鉄骨が簡易耐火建築物として登場したことを利用し、建築学会の執行部有志が木造叩きに加担したということであろう。
- そのために伊勢湾台風が利用されたのであろう。
- そして、執行部の独走を許したのは、それを許すような雰囲気が学会内部に広く漂っていたからであろう。
省エネルギー、カーボンニュートラルで木造は有利
長く書いてきましたが、木造禁止があったことがや、阪神淡路大震災まで、木造・木質構造が冷遇、軽視されてきたことは事実だと思います。
しかし、阪神淡路大震災以後の木造の研究は急速に進んでおり、これまでの遅れを取り戻すかのようです。
木造は建設時の使用エネルギーが少なく、二酸化炭素の排出量は、同規模の建物を鉄筋コンクリートや鉄骨で建てたときと比べて、半分~4分の1で済むとされています。
最近、カーボンニュートラルという、例えば建物を建てたときに排出される二酸化炭素量と、その建物で吸収される二酸化炭素量が同じ量とする考え方がでています。
物でカーボンニュートラルを実現するためには、まずは建物そのものの省エネルギー性能を徹底的に上げたあと、太陽光発電などを設置するという手順になります。(大手住宅メーカーはこの順番が逆)
カーボンニュートラルという考え方を持てば、木造は他の構造よりもずっと有利です。
そもそも、建設時の使用エネルギーの点で、他の構造よりも有利な位置にいるのですから。
木質構造で4階建て以上をつくる
建物において、4階以上となると、これまでは鉄骨造、鉄筋コンクリート造が常識でした。
私は、5~6階までなら木造でもかまわないと思っています。
しかし、そのような動きはまだ活発ではありません。
日本には、世界最大の実大振動実験 E-ディフェンスがあります。
この装置を使い、アメリカとイタリアは、7階建ての木質構造の振動実験を行なっています。
http://www.iesu.co.jp/article/2009/08/20090825-1.html
日本の研究団体などでは、このような木質構造の多層階の実験は行なわれていないようです。
「日本は木造が多いから、技術も進んでいるのだろう」と思われるかも知れませんが、高層化の分野では大きな遅れをとっています。
日本でも、高層化の実大振動実験を行ないたいという動きがありますが、問題は予算。このような大規模な実大振動実験は、1億円以上の多額の費用がかかります。
国土交通省に、
「木造の多層階の振動実験をしたいので、予算を・・・」
とお願いすると、
「木造のことは林野庁で」
と言われ、
林野庁では、
「うちの管轄は木を製材して商品にするまで」
と言われ、ならば、「実験・研究」という意味から文部科学省に
お願いすると、
「建物のことは、国土交通省で」
と言われたという、ある木造研究者の話を聞いたことがあります。
日本の木質構造は、海外に出て行けるか
普段から私は、
「日本の木質構造が海外に進出できるような物にするためには、何をどうすべきか」ということを考えています。
別に、外貨獲得や外需のために外に出て行くという訳ではなく、海外に出て行けるような建物でないと、それは世界的に見て、性能と価格のバランスが取れていないと考えるからです。
日本の木質構造が海外に出て行く準備として、私の頭の中にある概要は、私のメールマガジンの 2010年 5月12号に少し載せています。
http://archive.mag2.com/0000144533/20100512235000000.html
東南アジアの地域は高温多湿で今後、所得の増加に伴って、冷房エネルギーが増えていくと思います。
日本は、ヨーロッパや北米と異なり、夏季に高温多湿の気候になります。
そのため、日本において高温多湿型の省エネ住宅のノウハウを作ることができれば、東南アジアのような高温多湿地域で、日本の家づくりのノウハウが生かせるでしょう。ヨーロッパ型の省エネ手法では、高温多湿地域の省エネは確立できないと思います。
また、耐震性について、3階建てまでであれば振動実験のノウハウやデータがありますので、四川大地震が起きたような地域でも、社会貢献できるのではないかと思います。
在来も、ツーバイも、木質パネルも最終的には1つ
よく、「在来軸組工法と、ツーバイ、どちらが良いですか?」と聞かれますが、最終的に正しく進化していけば、どちらも同じになります。
木質パネル工法は、ツーバイフォーを見本としていますので、兄弟のようなものです。
建築関係者でも、「在来とツーバイは全くの別物」と考える人がほとんどで、「どちらも最終的には同じになる」という事を言う人が少ないので勇気が要るのですが、本当にそう思っています。
私なりにロジカルに考えると、そうなるとしか思えません。
今回の木造禁止の件が広く知れ渡ったことは、日本の木造の歴史を知る良い機会かも知れません。
日本の木造住宅は省エネルギーの観点でも、多層階の観点でも、海外とは遅れているという認識を持ち、これからの木質構造の立ち位置と未来を考えるときだと思います。
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